【冬が来る前に】

《 ドジと焦燥の日々 》

 

 

 バロンと散歩する山の木々も色づき、暖房費がかかる季節の到来です。タイマーが切れた各部屋の再セットのために、アニマルクラブに出向くのも、バイトから帰るのも日付が変わった深夜…これまでは私が行くと、庭に出て来てお伴してくれた野良猫『うそじゃ』も、寒いからホットカーペットが入った小屋から出て来ません。私も半分眠りなからフラフラ歩きでたどり着き、どの部屋かの温風ヒーターを点けた途端にその場で寝てしまうこともたまにあります。低体温、低血圧で寒さに弱いので、冬は動きが悪くなって、効率が下がります。暗くなるのが早いのもヤバい。

 毎日、自分には24時間配分されているのだろうか…と不思議なくらい時が過ぎていきます。若い頃は次々と用事を片付けていくことに達成感もありましたが、今は《やらなければならないこと》にめまいを感じながら、「何か忘れてる~」と焦ることもしばしばです。毎日自分に「馬鹿だな~」と愛想を尽かし、「何やってんの~」と犬達を怒鳴りつけ、猫達には「今やっからね~もうすぐだよ」とごまかして、ちまちまと用足しをして、「まだですか?」の請求に謝ったり、納得してもらえそうな言い訳して時間を稼いでいます。働けど働けど我が暮らし楽にならず…山上憶良みたいです。雨にも負けて風にもへこたれるから、宮沢賢治にはなれません。座ってご飯を食べる時間も惜しくて、猫達のごはんを作りながら、自分も冷蔵庫からチーズやヨーグルトを出して、コーヒーを淹れて立食。午後は運転しながら、パンや煎餅を食べるのが定番になりました。隙を探して、たまっている用事に取りかかって、少しでも進めたいと懸命なのですが、知らない人から携帯電話が来て、話の最中にまた知らない番号から電話が入り、切った途端に別な人との電話がつながってしまう…コントみたいな混線がよくあります。

 出先で受けた電話のメモをなくして、逆さまになって捜して…車の座席の裏側に貼り付いていたのを発見したり、留守中にボランティアさんが対応したメモ用紙が犬のケージに落ちて噛まれて、わずかな手がかりからそのお宅を捜し求めて山道を走ったり、野良猫の避妊手術の相談会で聞き取った電話番号が間違っていて、町役場に手紙を書いてその方を捜してもらったり…コントはドキュメンタリーに番組形式を変え、延々と続きます。ドジ踏んだ後始末は、ひとしきりの感動と安堵と教訓をもたらしてはくれますが、結果的には時間の浪費…『貧窮問答歌』は、ますます切羽詰まっていくのです。 そんな事情で、これも定番の謝罪会見~活動の原動力であるカンパを送っていただきながら、お礼も伝えず申し訳ありません。

…いつ完成するか分かりませんが、アニマルクラブにいる猫や犬達、それぞれのストーリーをDVDに収めて、感謝とこれからの活動方策のメッセージをお届ける準備に入りました。年内に送るのが目標でしたが、年越しになるかもしれません。この場を借りて、予告編を何匹か、ご紹介します。そして、非礼をお詫びして、心からお礼申し上げます。お陰様で、動物達も私とボランティアさんも…それぞれ力を出して日々、できることをして生きております。

 

「それでもみんな生きていく」※予告編 その①

『ちょび』

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コンビニの袋に入れて捨てられていた赤ちゃん4匹。ちょびは75gしかない未熟児でした。まもなく2匹亡くなり、残った2匹もミルクを飲む力がないので、どこへでも連れて行き、夜中も居眠りしながら飲ませました。共に成長した姉はガンで夭折。ちょびは仲間と共に生きています。

 

『豆蔵』

車にはねられ大ケガをして警察に渡された子猫。若い婦警さんが里親探しの会場に連れて来ました。すでに右後ろ足が股から切れてなくなっていました。根元から断脚の大手術にも動じなかった大物です。

車にはねられ大ケガをして警察に渡された子猫。若い婦警さんが里親探しの会場に連れて来ました。すでに右後ろ足が股から切れてなくなっていました。根元から断脚の大手術にも動じなかった大物です。

 

『おさと』

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トラバサミにかかって3本脚になり、それでも懸命に子育てをしていた野良猫でした。子猫たちは里親さんの元へ行き、避妊手術を受けてエイズ部屋の一員に。今は子供の代わりに同室の仲間の世話を焼く“肝っ玉母さん”です。

 

 


 

《 なぜそこに動物が居るのか… 》

 

 なぜにそれほど忙しいのかと言えば、常に、複数の人達の悩みを共有してしまっているからです。ペットや野良猫のことで問題を抱えている人がこんなにも多いことを知ると、動物問題は県議会でも国会でも、もっと踏み込んで現実的に論じられるべき課題の一つだと感じます。もはや人間の所有物ではなく、基本的に生きる権利を持っていると、まず法律で認めて欲しいです。行政が進めている動物愛護推進計画では、《実際問題》の確かな受け皿がありません。《運が良ければ助かる》のは、戦争の時と同じです。裕福でエリートの議員さん達が考える《動物愛護》が網羅しきれていないのは、『貧困』や『文化・知的水準との隔たり』だと感じます。

 アニマルクラブが毎週木曜日に開院している動物病院『避妊予防センター』は大盛況、先週は11匹手術しました。今週は金曜日もアルバイトに来てくれる獣医さんがいるので、2日開院です。それでも12月末まで予約が入っていますが…こちらもまた、《山上憶良状態》です。
これ以上生まれては事態がさらに悪化するので、「支払いは分割で構わないから、早く手術すること」を勧めています。出勤前の早朝から受け付けて、車がないお宅には送迎もします。術後に管理するケージ一式も無料貸し出ししていますが、管理が難しそうな場合は、もうそこしか空いてないスペースの風呂場に暖房を点けて、預かりもしています。そうやって避妊・去勢を推進していることが、口コミで広がり、時には「無料でやってくれる」「そのまま引き取ってくれる」と都合の良い尾ひれまで付くから、救世主にすがるような電話までかかってくるのです。野良猫に餌付けして二桁まで増やしてしまった老人や、飼い猫が子を産み、その子がまた産み…借家で20匹余飼っている夫婦や、さらには「おっぱいの周りがボコボコしてガンじゃないかと気づいてはいたけれど、費用が出せないから病院に行けなかった」と言うシングルマザーまで…手術して欲しいと連れて来る現状は、さながら開発途上国の難民病院のようです。
もちろん、価格を低く設定して、分割払いにしてもらうことで手術に踏み切って、月々きちんと返済してくれる人達もいます。避妊予防センター設立の目的の一つは達成されたといえます。しかし、根の深い、引き上げて見れば根腐れしているような問題もあって、手を貸すつもりが引き摺られ、共倒れになるかもしれない危険さえ孕んでいます。

 都市部に比べれば、元々石巻周辺には所得の低い世帯が多かったとは思いますが、震災による生活の変化が拍車をかけたと感じます。10匹以上、時には20匹余にまで、野放図に猫を増やしてきた人は、そこに至るまでに、危機感を持って対処して来なかった人です。ろくに収入がない場合が多いです。働かずに暇を持て余して野良猫に関わったり、「体調が悪い」「震災から立ち直れない」などと、猫にすがるだけで、保護者にはなれない《社会的弱者》です。
国はこうした人達には、動物は飼わない約束で生活保護を支給しています。しかし、お金がなくて娯楽が少ない人達にとって、たやすく手に入る猫は格好の癒やしです。中には、小型犬を繁殖させて、ミックスの子犬を安く売っていた老人もいました。よくこんな不衛生な所で生まれた犬を、こんな胡散臭いじいさんから買うなぁ~と想いますが、それなりの人からそれなりの人に流通するペットが存在している、ということです。「安いと思って買ったら病気だった、返そうと電話したら、金は返さないと言う」などと…痴話喧嘩のような揉め事に巻き込まれ、無料で治療して、新たな里親を探したこともあります。安易に購入したものの、「やはり飼えない」という相談も後を絶ちません。
そんなふうに、貧困世帯で多頭飼育されている猫や犬は、病気を持っていることも多く、避妊・去勢の費用の未払いばかりか、週1日の避妊予防センターでは対処しきれず、引き続き他の動物病院で受けた治療費まで、こちらが立て替えて払わなければならない場面も出てきます。「少しずつ返してくださいね」と言うと、「分割でいいと言われたって…払わなきゃないんだったら、病院には連れて行かなくていいから」なんて言うのです。「治療しなければ死んでしまうよ」と言えば、「そんな金払ったら、こっちが死んでしまうよ」と、自分のことしか考えていません。諦めることと、嘘をつくことが日常になっています。しかも、諦めようとしているのは自分の命ではなく、振り回してきた動物の命で、後になれば「仕方なかったこと」として、嘘でごまかしてしまうのです。
そんな場面を垣間見た、避妊予防センターに派遣されてくる若い看護士は、「あんな人、飼う資格ないですよ」といきり立ちます。でも、命の現実は、正論では解決できません。すでにそこに、猫や犬が居るからです。人間の子どもなら、《親失格》と判断された家を出ても、入れる施設があります。でも、動物に命の保証はありません。飼い主にこれ以上責任の取れない命を増やさせないことも、目的の一つだと思います。つまりは、お金を払えない人に代わって費用を賄う力量がなければやっていけない事業なのです。

 他の多くの動物愛護団体が行政と連携して、「一般からの相談には応じていません」とシャッターを降ろしているのは、こうした人達との関わりを避けているのだと感じます。「話しても解らないから疲れるんです。約束も守らない、お金も払わない…一般からの相談はストレス溜まるから、もう嫌です」と、仙台市の団体の代表者が言っていました。でも、私は直接関わり、助けられる命は救いながら、現代の病巣や解決策を探りたいと思っています。《本当のところ》を知っていないと、どこを正して、何を補えばいいのかが見えてこないからです。
保健所、動物管理センターに入れられてしまった猫や犬に新しい、責任を持てる里親を見つける活動は意義があり、大きな功績です。でも、そこに渡した元の飼い主は、その子たちがどういう道筋を通って、あるものは殺処分され、あるものは誰かの努力で命拾いをして、新しい里親さんの元に行ったかを知りません。私は、そこを知らせて、反省して欲しいし、誰かへの感謝を礎にして、同じことを繰り返さないと認識して欲しいのです。
そして、行政は、騙されたり、お金を踏み倒されたりする心配はないから、動物愛護団体が不安なく付き合える相手でしょう。その代わり、役所はやんわりと図々しく…丸投げしてきます。連携のための話し合いすら持ったこともない石巻市役所の職員は、解決の難しい相談者にはアニマルクラブの電話番号を教えるらしく、「市役所に紹介された…」と、難題が津波のように押し寄せて来ます。

 

「それでもみんな生きていく」※予告編 その②

『ハニー』

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飼い主のおじいさんはゴミ屋敷で、世間から孤立して暮らしていました。私達との交流で生活も一変して、おじいさんは明るい笑顔を見せるようになったのに、津波に流され亡くなりました。

 

『半月』

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半月が暮らしていた石巻市内海橋中間の中州『中瀬』は津波で水没。餌付けしていた付近の会社の社長と協力して避妊手術を進めていた野良猫達も全滅してしまいました。片目では野良生活は大変だろうと返さなかった半月だけ生き残りました。

 

『どんぶく』

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夫婦のように暮らし、子供代わりに可愛がっていた猫のはずだったのに、女性の突然死によりもろく崩れて、行き場を失った男性が猫に渡せたのは、女性が愛用していたどんぶく(綿入れはんてん)1枚。“うまくいかない人生”のお供をしているペットって、案外多い様な気がします。

 

 


 

《 私設救済プロジェクト 》

 

アニマルクラブが小さな規模で実践している活動は、本来は行政が制度として実践すべき事業だと思います。いつかそうなる日のために、子供の頃からこの活動を始めて40年の先駆者が、モデルケースとして続けています。助成しても、分割にしても、費用を払えない層の人達にかかるお金をどうやって捻出しているのかといえば、設立する際の計画ではスタッフとして従事する私達がもらえるはずだった有給を取っていないからでしょう。皆様から送られるカンパも、ここに居る子達だけでなく、助けを必要としている動物達のためにより広く使えるように心がけています。もちろんボランティアだけでは、毎日の食事や掃除を欠かさず回すことができないので、一部パートの人も頼んでいますが、人件費は必要最低限しか使っていません。

なので、自分の生活を支えるためには、別なことをして収入を得なければなりません。最近、これが結構大変になってきました。活動を続けるために離婚を繰り返した私ですが、今ほど「自分がお金を稼がなくても、養ってくれる旦那さんがいて、動物のことだけしていられたら楽だろうなぁ~」と感じることはありません。
生活の心配なく、大望を掲げて活動していた時代に保護した猫達が老齢期を迎え、ここ3、4年は2、3ヵ月に1匹の割合で亡くなっていきます。看取りも自分の役割と認識していますが、そこまでの年齢ではない子の重病は、心に堪えます。今現在も、2度の手術後にガンが胸に転移して呼吸が苦しくなり、酸素室で生活して、溜まってくる胸水を時々抜いている『ラジオ』と、おそらく喉の奥にガンができて、喘鳴と咳き込んでうまく食べられず、時には泡ぶくを吐いて倒れてしまう『流星』には、毎日ステロイド注射をしています。その他にも、毎日皮下点滴が必要な慢性の腎臓病の老猫や持病のある猫達ばかりで…自宅はまさにホスピスです。哺液中にウトウトして…針が外れて液が顔に跳ねて、慌てて飛び起きたりしています。重い砂やケージを抱えて階段を上がると、体に堪えるようになりました。
「いつまでもあると思うな、金と体力」というわけですから、抱える頭数が減っていく分増えないように、心がけなければなりません。『幸福の王子』にはなるまいと決意しながら、中学生の時から動物達の受難を社会問題と意識して、ここまで来ました。活動の形態も生活に合わせて切り替えていかなければ、ここにいる子達を不幸にしてしまいます。「パソコンをちゃんと覚えて、自分の経験してきたことを、役に立ててもらえるように発信するのはどうか…」とか、「宍戸監督の力を借りて、動物愛護のCM製作したい」とか、想いはめぐります。しかし、逆境の中、風前の灯火のような命の存在がリアルタイムで、実況放送されてくるから…手を差し伸べざるを得ない場面があります。小学生の時、始業のベルが鳴ったのも気づかずに、図書室前の掲示板に貼られたベトナム戦争の報道写真を見つめ、「撮るか、助けるか、自分ならどうする?」と自問自答していた頃とあまり変わっていません。

 

「それでもみんな生きていく」※予告編 その③

『トラ』

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ゴミ箱から拾った空のビニール袋をなめていた野良猫でした。キャリーバックにエサを入れて扉を開いたら、思わず入り…あれから15年。3年前、指先に出来たガンの転移予防のため、肩から切断しましたが、誰が来ても膝に乗りたがる甘えん坊№1です。

 

『ラジオ』

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ラジオ体操している小学生に助けてくれとアピールしていました。カイセンで宇宙人みたいな顔になっていたから、母親達が「触っちゃダメ!」と怒っていました。あれから13年…2度のガンの手術の後、胸に転移するも、“酸素ルームから愛を込めて”生きたいと叫び続け、2ヶ月ぶりに家に戻って来れた頑張り屋さんです。

 

『流星』

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突然の病に倒れた流星は13年前、母親の『アミ』と共に、交通事故に遭って動けなくなっていた子猫『月子』の傍で、様子を見守っていたところを誘導して、3匹まとめて保護しました。月子は半年後に事故の後遺症で亡くなり、今、流星が命の瀬戸際に立っています。

 

『アミ』

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自分の子供でもない子猫を心配して離れなかった母性本能の強いママ。今も流星に付きっきりです。14、5年前に町内で生まれた野良の子で、子猫の時に、ゴミ集積所に掛けられた網に絡まり、保護寸前に一度逃げられたのが、名前の由来です。

 

 


 

《 最後の約束 》

 

またしても飼い主が亡くなって残された猫の相談が来ました。一人暮らしの60代の女性が6月にガンで亡くなり、住んでいた借家も施錠され、外に閉め出された猫が、その辺りをウロウロしているという話でした。「近所の人も可哀想だからエサは与えているけれど、それ以上のことはできない。雨の日も風の日も空き家のひさしの下に上がって、首輪も外れ段々に野生化して、もう触れなくなった」とのこと。見に行くと、確かにその通り定位置から私を見下ろし、近所の人が名前を呼んでも、逃げて行ってしまいました。名前は『ミミ』、10歳前後だろうとのことでした。女性はミミに避妊手術も受けさせ、体調が悪くなれば動物病院にも連れて行っていたそうです。亡くなった後にゴミとして出された家財道具の中には、ペットヒーターなどミミのための物もあって、慎ましい生活の中で、彼女がミミを大切にしていたことは間違いないようでした。

私に相談をよこしたオバサンは彼女の友達で、入院して亡くなる前には病院の送迎も手伝っていたそうです。お見舞いにも行っていたでしょう。でも、その友達にさえ、彼女はミミのことを頼まなかった~私は、そこも気になりました。確かにオバサン宅の玄関には、よく吠える犬がいました。それで無理だと諦めてしまったのでしょうか?「亡くなってから、借家の片付けに姉妹の人達が来たので、ミミを連れて行ってもらえないか?と頼んだんだけど、断られたんだよ。もうエサをやらないでください、そしたらここから離れるだろうからって言ったんだよ~」とオバサンから聞きました。
彼女は、姉妹にもミミのことを頼まなかったのです。彼女が自分の命を諦めると同時に、自分の願いまで諦めようとしていたのなら…何のための命だったのか、と切なくなりました。エサを与えている隣家のオジサンも出て来て、《身内の人情が紙風船》のように批判はするのだけれど、だったら《近くの他人がどうしてやるか?》という本題には、「うちでは引き取れない」と繰り返すだけなので、その日は早々に退散してきました。
数日後、《前代未聞の強さかもしれない台風が上陸!》のニュースを聞いて心配になった私は、おかしな風が吹き始め、車通りも少なくなった通りをミミがいる借家に向かい、隣のオジサンに捕獲器を見せて、「台風が来る前にこれで捕まえて、一日預かって欲しい。台風が治まったら、迎えに来るから」と頼みました。そしたら、「介護している年寄りがいるから、一晩だって置けない」と言うのです。「あんたの人情も破れ風船だろうが~」という憤りを胸に押し込みながら、ひたすらミミの無事を祈って、台風一過を待つしかありませんでした。
台風は宮城県には上陸しなかったので、心配していたような被害はなかったのですが、気持ちの上でここまで関わってしまうと、ミミちゃんの今後は、私の裁量にかかっていました。後日、オバサンに捕獲器を渡して、保護してもらいました。身柄を拘束されて室内に入れられると、飼い猫の生活を思い出したのか…ミミは穏やかでした。最初は食も進まず、ノミや腸内寄生虫もいたようで、不健康な影がありましたが、中と外の寄生虫の駆除をして、食欲が出たところを見計らって血液検査、ワクチンをして、《チャコぶー様》の部屋の二段ケージに移した頃には、スリスリ甘えて、コロコロ無防備な姿を見せるようになりました。
ミミの飼い主だった女性は病身で、働けなくなった晩年は、生活保護を受けていたそうです。自分がガンで長くないことも知っていたようです。それなのに、なぜ唯一の家族だったミミのことを、手助けしてくれた友達に「何とか面倒みて欲しい」と頼まなかったのでしょうか?最後の力を振り絞って、たとえわずかしか入っていない貯金通帳でも添えて懇願したなら、もっとあのオバサンだって、ミミのために、早期に主体的に動いたのではないだろうか?と感じました。

私が小学生の頃、終戦後の引き揚げの途中で親と生き別れた、『中国残留日本人孤児の肉親探し』が始まりました。テレビの前で、戦争に狂わされた一人一人の人生に聞き入り、心境を想像しました。何とか中国で人間らしい生活ができた孤児の話を聞くと、親が懸命になって養父母を探し、我が子の行く末を必死に懇願したことが見えてきました。頼める筋合いも、お金も、何もなくても…「この子を助けて欲しい、そのためなら何でもします」という懸命な姿勢は、きっと誰かを動かします。
私は、彼女に、《最後の約束》として、ミミのためにそうして欲しかったです。伝えなければ気持ちは伝わらないし、願いは形にならないのです。

単身でペットと暮らす人が増えています。アニマルクラブに居る『どんぶく』の飼い主の女性は、外出先で、心筋梗塞で急死したそうです。「自分もまもなくここを出て行かなくてはないから…」と同棲していた男性から託されたのは、人見知りの雄猫と、飼い主の着用していたどんぶく(綿入れ半纏)だけでした。 認知症がひどくなり施設に入った『チョビ子』の飼い主は、ヘルパーさんを雇い、普通に生活していた人ですが、本人に話が通じないので、チョビ子にかかる費用を出してもらうこともできません。 しかし、飼い主が入院先で亡くなり、保健所に連れて行かれることを市役所から聞いて、ボランティアさんが連れてきたトイプードルの老犬2匹。伸びた毛で目も塞がり、お尻は塞がった毛のポケットにウンチを溜め込んで、悪臭を放っていた『じいじ』と『ベッキー』はその後、散歩中に、亡くなった飼い主の知人に声を掛けられました。事情を知ったその方が、「復興住宅に引っ越したら、私が引き取るから」と申し出てくれました。4年経て、その約束が来週叶います。

命があればやり直せるのだから、まず飼い主が、命をつなぐ努力をしなければならないと思います。もしも自分がペットを護れなくなった場合に備えて、遺言書の書き方を紹介するチラシも作成しました。今後、ホームページでも展開していきます。皆さんに、私が伝えられることを残していこうと懸命に模索しています。
タウン誌の記者をしていた二十代の頃に取材した小学校の先生の言葉が、ずっと心に残っています。『はだしのゲン』の映画を、何十年もあちこちの学校で上映し続けていた方で、名前も顔も覚えてはいませんが、この方が私に教えてくれたのは、「人間は感動するから素晴らしいんです。でもね、人間は忘れてしまう生き物なんです。だからね、繰り返し感動しなくてはないんですよ」ということでした。 いつか、私がこの世からいなくなった後でも…願いが、誰かの心にタンポポの種のように運ばれて、それぞれの花を咲かせてもらえたら、私の奇異な生き方や苦労も無駄ではなかったと想えます。

 

 

『ミミ』

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「寒くなる前に連れて来れて良かった!」ちゃこブーは気難しくて意地悪なので、ルームメイトの許可はなかなか降りないのですが、ミミのことは気にしてません。ミミが控えめで穏やかだからでしょうか…

 

『じいじ&ベッキー』

「飼い主入院中の真冬、電気も止められた借家の中で頑張って生き抜いたのに、保健所送りはあんまりだ」と、ボランティアが連れて来た時の汚さ、臭さも、今は笑い話です。

「飼い主入院中の真冬、電気も止められた借家の中で頑張って生き抜いたのに、保健所送りはあんまりだ」と、ボランティアが連れて来た時の汚さ、臭さも、今は笑い話です。

 

『チョビ子』

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普通に財産のある人のペットでも、本人の意思表示が無ければ、必要経費も出してもらえない…この現実から、遺言状等の必要性を痛感しました。

2016年11月3日 記
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