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『成れの涯ての道標』


「涯」には「果て」や「岸」という意味があり、仏教用語では、現世を渡り切った先の「彼岸」を意味するそうです。
私は今、彼岸までの道のりがどうなっていくのか…静かに想像しています。

【 クラウドファンディング、スタートしました 】


中学生の時に想い描いた、人間と動物が共存できる社会を目指して、そのために動けることを選択肢の一番にして、昼夜働き、離婚を繰り返し、様々な出会いと別れを経験して…ここまで来ました。気がつけば、私が高齢猫や障害や病気を抱える猫たち30匹と暮らしている借家は『限界集落』。2回目の離婚の慰謝料で購入した中古住宅は、普通のお世話で生活していける60匹に明け渡し、そこにボランティアさんが通って来ます。

18年前に不妊予防センターという週1回のスペイクリニックを開院した時は「これからのボランティア活動は寄付だけに頼っていたのでは続かないし、広がらない。動物の役に立つことで収益を上げてそれを活動資金にしていく」という構想が礎でした。それは決して間違っていませんでした。ニーズはずっとあって、プレハブの小さな病院はいつも盛況でした。獣医になって最初に勤務したのがここだったからと、その後外科の名医になった女医さんが志願して通い続けてくれたお陰で、避妊・去勢だけでなく、難易度の高い、本来なら高額の費用が必要になる手術も実施して、経済的に余裕がない人達の犬や猫を助けることもできました。
それが否応なしに崩れ去ることになった原因は、こちら側にはありません。まるで地震や津波のような天災でした。世の中はお金の流れで動いていくから、スタッフを派遣してくれていた動物病院が他の会社の物になった以上、良いとか悪いとか、正しいとか間違っているとか…何も通用しません。焼け出された荒野で身の振り方を考えないと、リヤカーに乗せている小さな命が干上がってしまうのです。

『限界集落』は、クラウドファンディングという、令和の助け舟に帆を張って、海へと出てみました。急ごしらえの帆は、使い古しのシーツを縫い合わせた物〜いつもは小さく切ってウエスになって、猫達のお漏らしや嘔吐物の掃除に使われます。帆に書かれたスローガンは、『助けた命は護り抜く!』7月1日の船出でした。

お陰様で天候に恵まれ、潮に導かれ、帆船は今のところ順調に航行しています。クラウドファンディングはすごいです〜懐かしい人、これまで知らなかった人達ともずんずん繋がっていくことでパワーが生まれ、どんどん大きくなっていくのです。水先案内は、「動物達が穏やかに暮らしていけますように」という、共通の願いです。まずは、ご支援くださった方々に、心からお礼を申し上げます。

そして、その方々に、お知らせがあります。返礼品が増えました。なんと、ダイヤモンドのネックレスです。SISTINA JEWELRY(システィーナ ジュエリー)様より、「20000円以上のご寄付をいただいた皆様への返礼品に、0.07カラットのシルバーネックレスをご使用ください」という、ありがたいお申し出をいただいたのです。システィーナの高見澤社長は、震災直後に、被災地支援でアニマルクラブに来て以来、ずっと応援してくださっている方。今度は、限界集落に、彗星のようなサプライズを届けてくださいました。0.07カラットは小さいけれど、胸に秘めた希望のように輝くでしょう。さり気なく身につければ、縁起が良いと想います。すでにご支援くださって、リターンはなくて良いとおっしゃった方でも「これなら欲しかったなぁ」と思えば、遠慮なくメッセージ下さい。それが、「到達しなければゼロなんですね?それなら、何がなんでも達成させなきゃ!」と言ってくださった、社長の男意気に応えることにもなると思います。なお、SISTINA JEWELRYでは、独自に『動物愛護団体応援企画』も開催中。興味のある方は、ショップもお訪ねください。

【 限界集落、悲喜こもごも 】

『しぃーちやん』
去年の秋にお風呂の中で死んでいたおじいさんと暮らしていた猫達の続編です。
その2年前から捕獲器を仕掛けては避妊手術に連れて来て、合計30匹近く実施しました。物置やこたつの中などで生まれていた子猫は連れてきてミルクを飲ませて育て、生後3〜4カ月の、風邪をこじらせて目鼻ぐしゃぐしゃの少年少女も捕まえて、馴らす努力して、ワクチンや避妊去勢してから里親を探しました。
この多頭飼育崩壊じいさんが自分で手術を決心するわけもなく、お金を出してくれたのはじいさんの妹さんでした。ところがこの方がガンになってしまい、抗がん剤治療で1週間入院して、戻ってきてすぐに見に行った兄の家の風呂場で、変わり果てた姿を発見した、という経緯でした。年末には妹さんの旦那さんも亡くなり、妹さんは今も入退院を繰り返して闘病中です。里親は探せない、馴れていない猫7、8匹が今もそこに残っています。おじいさんの娘に母屋は施錠されましたが、猫達は作業場を根城にして、外と行ったり来たりしています。
お世話に通ってくれているボランティアさんが実家に帰省した数日、代わりに行ってくれたボランティアさんから写真が送られてきました。「あちこち脱毛している子がいます。ケンカ?皮膚病?この子は触れます」。
帰省から帰ってきたボランティアさんに「なぜ馴れているのにそこに居るのか」を聞くと、「おじいさんの一番のお気に入りで、手放さなかった。避妊した時、血液検査で白血病のキャリアと判ったから、里親も探せない」とのこと。
「じゃあ、連れて来て。うちなら置ける場所があるから」と私は即答しました。
じいさんの妹さんから「今は何とか体調が落ち着いてるから」と電話をもらい、ご主人のお悔みに行った時、おばちゃんは肺がんですぐに咳き込むから、お線香も上げられないと言われ、とても悲しくなりました。おばちゃんと私が猫談義とお兄さんの悪口で盛り上がっている時も、いつも黙ってニコニコ聞いている、おおらかなご主人でした。

何も悪いことをしていないどころか、良いことしかしてこなかったようなご夫婦が、なぜ次々不幸な目に遭うのか…幼い頃「良い行いをしていれば幸せになれる」なんて教えられていたことは、現実には通用しないことを知ったのが、人生最初の挫折でした。亡きじいさんの愛猫を迎え入れて、治療してこの先を見守ることが、独り残され、無力感に苛まれている妹さんの心を埋める、せめてものお見舞いのようにも感じました。
『しぃーちゃん』と名付け、白血病キャリアの部屋に入れました。脱毛箇所に傷はなく、皮膚の病変も見られないので、ノミ・ダニ・シラミの駆虫薬だけ点けて様子を見ていたら、痒がりもしないし、発毛してきました。おじいさんに抱っこして寝ていたのに、環境の激変によるストレスから、舐め壊していたのかもしれません。
しぃーちやんは幼い頃の風邪の後遺症で片目が半開きで、いつも涙ぐんであちこちに目ヤニを飛ばしますが、食欲旺盛で毛艶も良くなり、とても甘えっ子です。



【 寄るべなき飼い主たち 】

『アニキと小父さん』
『アニキ』の飼い主がまた、蚊の鳴くような声で電話をよこしました。いつもはお金がないのでエサを貰えないかという懇願ですが、今回は、顔が腫れ上がって、もう何日もごはんも食べてないと言うのです。アニキは19歳の老猫です。「歯肉炎がひどくなっているのだと想います。化膿して熱を持ってすごく痛いし、このままだと衰弱死してしまいますよ」と言い、とにかく連れて来てもらいました。こういう飼い主に、「早く動物病院に行ってください」と当たり前の意見を言っても、何の役にも立ちません。日雇いの仕事が途切れれば、フードも買えなくて貰いに来る人が、治療費なんて払える筈がないのです。
不妊予防センターでは、こうした猫や犬は無料で治療していました。ちゃんとお金を払ってくれる方からの利益を、払ってくれる人のいない動物達に回していたのです。それが私のユートピアでした。今では蜃気楼だけれど、何もできないわけではありません。アニマルクラブの猫だと思って、私でもできることをして見守リました。数日後、アニキはかなり元の顔に戻って、ごはんを食べられるようになりました。性懲りもないのは飼い主で、これで万事解決したように、浮足立っています。「またなりますよ。今度はひどくなる前に連れて来て下さい」と私が言っても、どれだけ頭に入ったんだか…アニキに夢中で、身も世もない様子…猫に依存しているのは飼い主の方なのです。





『ゴンばっぱ』
2月に包括センターの職員に頼まれて引き取った柴犬『ゴン太』の飼い主のおばあさんが、4月末、「退院したから」と、突然やってきました。杖をついて歩くもやっとなのに、「迎えに来た」と言うのです。そもそも犬の散歩をしようとして転んで骨折したそうです。包括センターは「家族もいないし、親戚に連絡してもつながらない、伝言入れても返ってこない。生活費は国民年金だけ、自分1人生活するのがやっとです」と言っていました。山の上の一軒家に犬を連れて戻って、また転んで骨折すれば、「この次は退院しても老人ホームに行くようになると思います」と聞いていたから、「ここに置いてて、時々会いに来れば良いんじゃないの」と声を掛けても、「連れて行く」の一点張りで、「包括センターから預かったんだから、勝手に渡せないよ」と応えたら、「ケースワーカーも包括センターも関係ないから。私が来たって喋らないでよ」と言うのです。ということは、ゴン太がアニマルクラブに居ることをおばあさんに伝えたのは、連れてくる時、おやつの袋を手に手に集まっていた近所の奥さん達なのでしょう。後先を考えないおしゃべりの名人です。
「ゴン太、治療しなければならないところがあるから、ここに居た方が良いです」と言っても、「私だって病院には連れて行ってた」と怯まない。「エアコンがあるから、猛暑も安心だよ」と言っても、「うちだってエアコン買うべと思ったんだよ」と対抗する。挙句は「家にいた時は健康だった。ここに来たら病気になった」と言い放つ。
それは、血液検査をしたこともないから、病気が見つけられなかっただけで、病院に行って、耳の手術を勧められても「30万円かかるって言われたから」結局治していないし、エアコンだって思っただけで、買ってない。つまりは、全て「ゴン太のためになることは考えた」という所で、自分を良い飼い主だと評価して、「思っただけでは、何ら功を奏さない」という現実を蔑ろにしている。結論は、自分が寂しいから、ゴン太に側にいてもらいたいのです。
その後も時々やって来ます。聞く耳を持つ日もあり、「そうだね、んで、お願いすっから」と言われホッとするのですが、5分もしないうちに「んでも、治ったら返してね」と言ったり、「死んだら、骨は家の菩提寺に埋めっから」と言ったりして、とにかく取り戻したい。プライドもあって「ただ世話になっていられないから2万円払う」と意気込んで来た日は、財布を開いたら6千円しか入ってなくて、「あれ、おかしい」と蒙昧しているので、5千円札1枚受け取りました。 
先週、クラウドファンディングの案内お手紙の準備を手伝いに来てくれた友人が、我が家に入るなり、「今、アニマルクラブの駐車場に車停めたら、犬返せ〜警察さ言うからな〜って、すごい剣幕のおばあさん来てたよ」と聞いた瞬間、電話が鳴り、ボランティアさんからSOS!電話代わるなり、「私のことを認知症だのって言ってる奴らいるけれど、私認知症なんかでないから〜」という絶叫から始まりました。例のごとく、なだめたりたしなめたり、共感したり意見したり…「私もカッカとしてゴメンね」と言うところまで、何とか漕ぎ着きました。
それにしても、包括センター、預けっぱなしで一切連絡もなし〜おばあさんの悔しさも解らなくはありません。そのゴンちゃんは、慢性の中耳炎を放置していたせいもあるのか、高齢も重なり、脳の前庭障害で治療中〜当初は眼振があり、目が回って食べれない、歩けない状態でしたが、毎日皮下点滴に注射入れて、徐々に回復してきました。



『ハルとマックの結末』
ペット可の復興住宅に暮らす老人達の愚かしい責任のなすり付け…犠牲になるのは物言えぬ動物達です。
入院したおじいさんの飼い猫2匹の世話を頼まれた、上の階のおばあさんは、段々と負担になり、先を考え不安にもなり、訪ねて来たおじいさんのお兄さんに「何とかして欲しい」と詰め寄りました。言われた方は、弟がかけた迷惑の責任を、「猫を捨てて来る」ことで果たそうとしました。
翌日、貰い手が見つかったのではなく捨てられたことを知ったおばあさんは泣きながら、電話をよこしました。「そもそも、あんたが黙って面倒見てれば起きなかった事件でしょ!」と言ってやりたかったけれど、グッと堪えて、捨てた爺さんを呼び出してもらい、みんなで、遺棄現場の塩釜魚市場前まで探しに行って、日暮れまでかかってようやく見つけました。「年寄りの涙も決心も我が為であり、猫の為にあらず」を知り、エイズキャリアの母と息子はアニマルクラブで面倒を見ることにしました。
息子の『マック』がこの冬、突然脳障害に陥り、動けない食べれない状況から少しずつ回復して、高いところには上がらなくなったけれど、日常生活は不自由なく過ごせるようになってホッとしたら、お母さんの『ハル』が目に見えて弱ってきました。どんどん痩せて、持病の歯肉炎がいつもの注射をしても治まらず、食べることもできなくなって…エイズが発症したようです。あんなに息子べったりだったのに、辛そうにぼんやりしているから、我が家に連れて来て注射を入れた皮下点滴しながら看取りました。

私はハルちゃんが子猫で、不妊予防センターに連れてこられた10年余前のことを覚えています。車に乗せてきた、上の階のおばあさんが私に「猫を外に出す人なんだよ、前も轢かれて死んだの」と耳打ちするから、「こちらで預かって里親を探しましょう」と何度も持ちかけたのですが、おじいさんは頑として聞き入れず、一度産んでから避妊に連れて来られた時には、ハルはエイズに感染していました。巡り巡って、最後はアニマルクラブで一生を終えたけれど、どこかのちゃんとしたお宅で、幸せに暮らして欲しかった。ハルに対してできることは、ただ一つ、マックを命の限り護っていくことです。



ゴールデンウィークのある日、10年前に里親さん宅に行った犬のボンちゃんが、家族みんなで訪ねて来てくれました。こんな日が、一番しみじみ嬉しい!子供さんも大人になったファミリーでは、まさにボンちゃんが主役。この幸せのためなら、世間の常識も法の縛りも、うすケロッと跨いじゃいましょう!って気持ちになります。

ボンちゃんは3匹兄弟。母親は大人しいトイプードル、父親はやかましい白いポメラニアン。ペット禁止の借家でミックスの子犬を産ませては、安く売り捌いて小遣い稼ぎをしていた老人がいたそうです。その人がある時、脳梗塞で救急搬送されて入院中、近所の主婦達は決心しました。「この隙にあの子達を助け出そう!」
「かねがねあの爺さんのやり方は許せなかった。特にポメラニアンはオシッコ掛けるからって、寒い時も外に出して、吠えるとうるさいって蹴っ飛ばすの。母親は発情来るたび妊娠するからオッパイ飲ませてばかりでやせ細っているし、子犬だってどこに売られていたんだか…」
奥さん達は親子5匹を連れて来て、「大家さんは、物凄く汚くされた部屋を見て、出て行って貰うと言ってた。私達は普段全く付き合いないのだから、疑われることもないと思う。決して他言しないから、幸せにしてくれる里親さんを見つけて下さい」と懇願されました。
それぞれ良いお宅に巣立って行きました。ボンちゃんの兄弟の『ゆうくん』は、石巻のお宅に行ったから、ずっとワクチンやフィラリアの予防薬を貰いに不妊予防センターに来てくれていました。途中から猫も拾われ、仲良く暮らしています。
ちなみに、うるさくて蹴っ飛ばされていた父親は、今回冒頭部分で紹介した、頭に大きなこぶが出来て大手術をしたモッピが、それから半年余生き献身的な介護を続けたおばあちゃんに看取られた後、寂しくなったお宅に引き取られ『マコちゃん』になり、おばあちゃんと漫才コンビみたいに賑やかに暮らしていましたが、2年前に亡くなりました。

「命は連続する営み」だと言った宮沢賢治の言葉が、私の活動の道標でした。「命の別名は心」だと歌ったのは中島みゆきです。
私の心をこの先も、誰かが紡いで、いつか大きな布を織り成し、大海を渡る船の帆になれば良いなぁ〜。その帆には、「動物が生きる権利を認める社会」と織り込まれている夢に向かい、クラファンの力を借りて、限界集落を守っていきます。



2026年7月6日