『一寸先は闇〜だから、クラウドファンディングやってみます』
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4月12日、日曜日の午後3時半頃のことでした。私は東松島市の里親希望者宅に子猫のお見合いに行っていました。そこへボランティアのしのぶちゃんから電話が来て、「一緒にいたケイコさんが突然倒れて左半身がマヒしているから、救急車を呼んだので、私も乗っていきます」と泣きそうな声で告げられました。
日赤病院に運ばれたとメールが来たので、しのぶちゃんの6時からのアルバイトの前には私が交代すると返信しました。ケイコさんには、障害の重い妹さんと老犬しか家族がいません。妹さん、お姉ちゃんが帰って来なかったら、不安になって、いつかみたいに外に出たら危ないと思って、アニマルクラブに帰ってから、不妊予防センターのカルテを調べました。前に、ケイコさんと同じ町内に住むお友達の家の猫が、避妊手術に来ていたはずです。電話番号を探して、かけました。事情を話し、その方にケイコさん宅に行ってみて欲しいと頼みました。しかし、妹さんは嚥下困難で、普通の食事はできません。飲み物だけでも…と思って頼んだのですが…なんと、水もとろみをつけないと飲めないのだそうです。知的障害もあるので、「私、会ったことはないんですよ」と言うお友達ではどう接したら良いか、大変だったと想いますが、行ってもらえて助かりました。
地区の包括センターに電話してみました。休日でしたがつながって、妹さんの今後を相談できました。事情を伝えて、連絡を待ち、明日、とりあえず、ディサービスに連れて行くとの返事をいただきました。
しのぶちゃんと交代して、日赤病院に付き添いに行ったものの、私はICUの前の廊下で待たされただけで、「仙台のご親戚が来てくれることになったので、帰って良いです」と、ケイコさんに会うことも病状を教えてもらうこともなく、帰って来ました。
翌朝、ケアマネジャーさんがこれから妹さんを迎えに行くと電話をくださったので、私も犬の『みかん』を迎えに行って、連れて来ました。3年ぶり位に入ったケイコさんのお宅は、以前とは随分雰囲気が違って雑然としていました。ケイコさんはアニマルクラブの会計もやってくれているのですが、これでは、持ち帰って作業している領収書やレシートの束を探し出せるか、心配になりました。確定申告の提出期限は5月末です。
震災後、ペット不可の復興住宅に移り住んだ飼い主は、みかんの母犬と仮設住宅で生まれたみかんを、地震で潰れた家があった奥松島の敷地に繋いで、週に2回ほど来て、エサをどっさり置いて行く飼い方をしていたそうです。山の下で、すぐ近くに沼があり、ひとけの無い冷え冷えとした場所でした。小型犬の母犬は冬の寒さで死んでいた、と聞きました。可哀想な犬がいると人の噂になり、私の耳にも届いて、友人と行って見てびっくり。冷やご飯やせんべい、ドライフードのてんこ盛り…それらを並べて、リードを長くしておけば犬は生きていけると思っている飼い主には、呆れるを超えて怖さを感じました。連れて行くしか道はないと、車に乗せて帰って来た時の、汚れきった体の臭いは忘れられません。雑貨屋を営んでいる友人宅のガレージ兼倉庫に、数年間置いてもらいましたが…、愛犬を看取ったケイコさんが、2.3年前に、高齢になったみかんに屋外生活は不憫だと引き取ってくれたのです。やっと安住の家を見つけたと思ったのに、みかんも波乱万丈の犬生です。
そして、アニマルクラブにはもうみかんを置ける場所もないので、母が介護施設に入って空き家になった実家に入れました。みかんは落ち着かず、私が行くと後追いばかりして、帰ると吠え続けるので、向かえの家に事情を話して謝って了解を得ました。
妹さんも落ち着かず、誰も居なくなった夜間、外に出て、警察官が出る騒ぎになりました。ケアマネジャーさんが、妹さんを受け入れてくれる病院を見つけてくれました。ケイコさんが、一人で全部背負って何とか回っていた家族は、バラバラになってしまいました。
誰かが「災難って重なるもんだね」と言いました。不妊予防センターを失って収入の道が途絶えたアニマルクラブが、今度は最有力メンバーを失ったと嘆いたのでしょうが、私の目は別なところに向いていました。妹さんが入院して施錠されたお宅を、ボランティアのかなえさんが、ケアマネジャーさん立ち会いで開けてもらって、会計の計算に必要な領収書などを探すのも一苦労だったそうです。集めて持ち帰り、並べてみても足りなくて、取引のある会社に電話して、明細を再送してもらったりしました。計算してあった束の中でも、数字が変だと感じて、計算し直すと間違っていたものがありました。
書きなぐったような文字に、眠くてやっとやったのかな?と感じました。いつも「いいよ、私がやるから」「私は大丈夫だよ、自分でやった方が早いから」と何でも進んで引き受けてくれたケイコさんの、心の奥襞に潜んでいたストレスや病魔を推し量ることもせず、頼むばかり、甘えて事を進めることばかりやってきた自分の思いやりの欠如に気づきました。
ケイコさんが73歳であったことも今回初めてわかりました。大企業の仙台支社に長年勤務したキャリアウーマンで、今も高級車に乗り、運転も上手で道もスイスイわかる若々しい人でした。
一方私は、震災直後に地震保険額で収まる金額で、すでに1年・1万キロ余走った軽自動車を買って、3年ほど前に大崎市までお見合いに行った帰り道にブレーキがおかしくなって怖い思いをして、修理してもらってからも、「今度またどこが壊れても不思議ないから、もう買い替えないと…」と思いつつ、今年は不妊予防センター閉院後のアニマルクラブの猫達のための薬を買い溜めして、また車購入の機会を逸しました。遠方へのお見合いでも、ケイコさんを頼り切っていたのです。
彼女は、お見合いの帰り道に道の駅に寄るのが楽しみで、はしゃいでいました。「小さな幸せを大きく喜ぶ名人だね」と私はからかっていましたが、裏返せば、そんなことで気分が変わる苦労を抱えていたからかもしれません。
「できない、疲れた〜」とたやすく口走って、人に頼る私とは正反対に、ケイコさんは「24時間闘えますか?」と挑む昭和のビジネスマンみたいにタフでした。
「猫や犬さえ助かるんなら、負けるが勝ち、やり方は何でもいいさ」と考える私は、「負けず嫌いで強情っぱり」だという彼女の性分に漬け込んで、無理をさせてきたことに気づくのが遅すぎました。
入院当初、彼女は余儀なく入院させられた妹のことばかり案じていました。一度だけお見舞いに行った帰り道、大きな地震に遭い、天罰かと思いました。先週、リハビリ専門の病院に転院してからは、私は確定申告の準備で忙しくて、まだ行けていないけれど、人望の厚い彼女の元には毎日誰かしら行ってくれているようです。左半身はマヒしたままですが、会話は流暢で、面会時間ギリギリまで引き止められるそうです。「入院したら何から何までやってもらえて楽ちんだ〜」「車椅子になるかもしれないから、もうアニマルクラブには行けないよ」と明るく話していたと聞いて、やっと休めたんだ、解放されたのかなとも感じました。
今回の苦い出来事で痛感したのは、改めてですが…動物救済活動には人手と資金が必要だということ〜それを公言せずに、やせ我慢や無理を重ねていると、ある日足元が地割れして、津波が押し寄せて、大切に守ってきたものが崩れて流されてしまうかもしれないということです。
アニマルクラブでも、現在仕事を持っているボランティアさんが来れるのは、仕事がお休みの日で、就業後となるとせいぜい週1回です。平成の高校生達のように、連日来るボランティアはもういません。主力メンバーは定年退職後の高齢者なのです。ボランティア歴30年近い岡さんも、震災後ずっと来てくれているれい子さんも70代〜ちなみにどちらも元は人間の看護士で、明るくあっけらかんとした性格なので、続いていると感じます。2人はできることとできないことははっきり言って、それでも誰か休んだりすると来てくれて、頼りになる存在です。それに比べると、ケイコさんは何でも進んでやり過ぎでした。会社勤めの頃からそうだったのだと想います。でも、悲しいかな、体力も知力も気力も衰えていくのが生き物の宿命なのです。「できるだけ元の生活に近づけるように、回復させてください」と神様に祈るばかりです。
元気なれい子さんも私同様足腰が悪いし、岡さんは天性のおっちょこちょいの上に近年は忘れっぱなしだから、「私帰った後、ちゃんとチェックしてね〜」と、おっしゃる通りです。だから、高齢者チームに無理を強いては、疎かにしては、惨事を呼ぶかもしれないのです。
動物達のために、ボランティアさんを満遍なく毎日昼夜配置するためには、アルバイトを休んで来てもらう部分を補填する有給ボランティアさんが不可欠です。アニマルクラブには2名いて、謝礼は、これまでは不妊予防センターの収益から捻出していました。収益がなくなったからといって、人手の確保を薄くすれば、その弊害は動物とボランティアに直結するでしょう。助けた命をちゃんと護ってこその活動だし、護り手が命を削って何とか凌いでいる日々では、いつ命綱が切れるかわからないのです。
ガンジーも「見返りのない動物をどう扱っているかで、その国の道徳心が解る」と言ったように、『かけがえのない大切な命を守ろう』が日本国のスローガンであるならば、命を助ける活動を円滑に進めるための資金は、国が予算を取って、担い手に分配して進めるべき国家事業の一つだと思います。
連日、燃料費が高騰しそうなニュースが流れます。昭和の古い大きな借家に住んで、湯水のように灯油と暖房費を使う生活から脱却しなければなりません。不妊予防センターがなくなったので、4月分の家賃からは自分で払うと、目に見えてお金がなくなります。【ジリ貧注意報】が警報に変わる前に、手を打たなければなりません。実家のリフォームを決心しました。いつ地震が来て津波が押し寄せるかわからない土地に住んでいるので、猫は2階生活が基本です。さらに、介護施設の機能と、冷暖房効果が上がるように高気密にして、プラス世話をする高齢者が上がりやすい広くて低い階段にする、大がかりなリフォームの見積もりに1300万円余提示された時、私は「予算は1000万円しかないから、人間が使う風呂場や洗面所は今のままで良い。後で直すから」と伝えました。そしたら大工さんに「後でっていつやれるの?洗面所の床だって腐っているんだよ。今やらないともうやれないでしょう」と言われたのです。子供の時から同じ町内に住んでいて、3年半前に実家の庭を潰して、猫と幸多の家を建てた時もお願いした棟梁さんです。私のためを思っての助言だと解るから、カーテンや照明器具は安い所から買って後付けにして、エアコン3台も借家から移設するということで、1220万円で契約しました。
この数字に驚いた若いボランティアさんが「クラウドファンディングで幾らか集まるんじゃないですかねぇ」と助言してくれました。なるほど、その手があったか〜と、先週、以前からお誘いメールが来ていたクラウドファンディング会社に、概要を聞いてみました。スタートして最初の5日間で目標額の30%集められれば、ほぼ成功するのだとか。最初に寄付してくれるのは、アニマルクラブのことを知っている元々応援してくださっている支援者や里親さんや不妊予防センターに来ていた方々だから、告知して応援をお願いしておくようにアドバイスされました。お話を聞いて、猫も人も高齢者がラクになれるように、時代の波に乗ってみようかな〜と思いました。はっきり決まり次第、お知らせしていきますので、その節は何卒ご協力よろしくお願いいたします
2026年5月3日