ルドの木

2007年12月27日のことでした。

 その年の夏から、野良猫の家族が我が家の勝手口に現れるようになり、エサを与えて1ヵ月近くたったところで次々に捕獲して、 ワクチンとエイズ・白血病の血液検査を受け、父親の「クロ」と母親の「マル」には去勢・不妊手術も施しました。
しばらくゲージに閉じ込めて、シラミの駆除などもしたのですが、「出せ、出せ!」と騒ぐ声と、一挙に5匹が増えて、 出しておけるスペースもなかったので、また外に放しました。
その時点で生後3ヵ月ほどだった3匹の子猫はあと3,4ヵ月したらまた捕獲して、手術を施すつもりでした。 しかし、その1ヵ月後くらいから子猫の1匹の姿が突然消えて、二度と見ることはできませんでした。

 エサを与えているのは、ゆりこさん、岡さん、私。
3人共どきどきしながら勝手口を開け、今日もあの子の姿はないことを確認する繰り返し。
犬の散歩で町内を歩く度、路地裏を通り、側溝や他の家の庭をのぞいても、何の手がかりも得ることはできませんでした。
 世間なれしている父と母はともかく、子猫2匹だけでも家に入れてしまった方がよいのでは…という思いも、 あちこちらから余儀なく入ってくる捨て猫や迷い猫の応対に追われて、答えを出せないでいました。

 2匹の子猫もすっかり大人びて、年が明けたら捕獲器を仕掛けなければならないと思っていました。
メスの「トラ子」が警戒心が強いのです。
オスの「ルド」はかなりなれて、私たちの足先にすりすり甘えるようになりました。
黒白の長毛の可愛い子です。
 27日の朝、ゆりこさんが勝手口のドアを開けると、いつも真っ先に飛び込んでくるルドの姿がなかったと、ホワイトボードに書いてありました。
夕方は私の当番。 やはりルドは来ていません。 すでにあたりは暗くなりかけてきました。 私は前日の夕方の当番だった岡さんに電話をかけました。

 すると岡さんが「そういえば、昨日の夕方、犬の散歩で山の神社へ行ったら、登り口のほこらの脇の大きな木の二股に分かれたところにルドがいて、 『こんな所まで来てるのか』と思ったけれど、帰り道にはいなかったから、もう帰ったとばかり思ったんだけれど…」と言うので、 私も犬の散歩がてら、その木を見に行きました。

 木に近づくと「ニャーニャー」とかすれたような猫の鳴き声が聞こえてきました。
目をこらして木を見上げても姿は確認できません。
とりあえず犬を家に返して、懐中電灯とネコ缶を持ってきました。
木は神社参道の手前入り口の山根から生えていて、木を真下から見上げるためにも、自分の背丈より高いところまで、木の切り株や木に絡みついているつたにしがみついて上がらなければなりません。
やっとの思いで木の幹に触れるところまで上がり、懐中電灯で照らして、ビックリ。
「ルドがいた!」しかも脅えて固まって、私の顔を見ると声は一段と高くなったものの、持参したネコ缶で釣って降ろそうとしたのに、見向きもしません。
もう丸1日何も食べていないはずなのに…。

 「おいで」と呼んでも猫が来るわけもなく、ルドがいるところまで届きそうなハシゴを取りに家に戻ると、ボランティアの高橋くんが来ていました。
事情を話すと「私がやってみます」とハシゴをかついで歩きだしました。
「若いし、男だし、私よりは役に立つかな」と思ったけれど、高橋くんがハシゴをかけて近づくと、ルドはもっと上まで上がってしまいました。

 そこに岡さんが飛んできました。
近くでこんなことがあった時、木に板を何枚か渡して、猫が自ら降りて来るのを待ったから、と車に板を積んできてくれました。
しかし、木々が生い茂り、野バラやつたがぐるぐると絡まり、板を置けるような場所ではありません。
ゆりこさんも娘のはるちゃんと来ました。
まだ仕事の終わらないチエちゃんが、電話で応援要請してくれたお友達夫婦も駆けつけました。

 ご主人がレンジャー部隊なのだそうです。
スルスルと木に登ってくれましたが、人が近づく度に上に登ってしまうルドのいるところまでは近づけませんでした。
「木を揺さぶって、猫を落とすしかないかもしれないよ」と言われましたが、「どこに落ちるかわからない、ケガをするかもしれない」と思うと、決心はつきませんでした。
 次にはイラスト・デザイン担当のゆりちゃんがカレシを伴って出現。
カレは瓦屋さんで、高いところには上がりなれてると、おサルのように登って、こちらがハラハラしましたが、その頃にはルドは木のてっぺんの細い枝の先まで行ってしまっていたので、何ともなりませんでした。
チエちゃんの友達が来て、「特大のブルーシートを持ってきて、下で皆で広げよう!」とまた車で走っていきました。
私は野生動物救助のボランティアをしている友人に電話はして方法を尋ねましが、広いネットを下に張りめぐらせるといいと言われても、すぐ調達できる物ではなく、なす術のない状況にみんなヤキモキしていました。

 そこに、待ってました!アネゴ「ブラン」のチエちゃん登場。
あの手、この手も逆効果だったことを知ると、携帯でどこかに電話をかけていました。
「人の命だって猫の命だって同じだっちゃ!」という勇ましいフレーズが耳に飛び込んできました。

 夜は更けて、山のふもとの“猫の集会”ならぬ“猫のための集会”に、近所の人も出て来ました。
そして、大きな通りからこちらへ向かって、大きなライトを点滅させながら消防車が、映画のワンシーンのように現れたのです。
消防士さんが4人も来てくれました。
1人の方がまたまたカッコよく木に登ってくれましたが、その騒ぎに、ルドはもう登る先もなくなり、血迷って隣の木の枝に飛び移り、目を凝らしてもどこにいるのかもわからないほど遠くになってしまいました。
「こうなったら、振り落とすしかないでしょう」と言われ、私たちも承諾しました。

 そして…可哀想に真冬の寒空、月の光に照らされて、生後半年の子猫のルドは、必死でしがみついている枝を干し竿のような棒で揺らされ、ヒラリと空中から 舞い落ちて、バタっと、私たちが広げていた毛布とは違う地面に叩きつけられ、そしてあっというまにどこかへ走り去ってしまったのです。

 「すぐに身を起こして走ったから、大したケガはしていないよ。
落ち着いたら家に戻るよ」と誰かが慰めを言っても、あきらめきれなくて皆、あたりを探し回っていました。
それでも「もう12時だから、解散しよう。
何かわかったら知らせるから」と私はみんなを送り出しました。

 夜に仕事をしているタキエさんが「みんな一生懸命やっている時にいなくてごめんね」とその後うちに来て、やはりあきらめきれなくて、小一時間探し回って帰途につきました。

 翌朝、目覚めると、顔も洗わず、勝手口を開け、ルドがいないことを確かめた私は、あの木の下に駆けつけました。
昨日私達が上がって登った山根の一部分がこんもり盛り上がっていました。
そして、その上に、十字に組んだ枝が置かれていたのです。

 想像力だけが天分の私は、一瞬のうちに「もしかしたら、ルドは打ちどころが悪くて、死んでいたのを、朝早く通った人が見つけて、ここに埋めてくれたのかもしれない…」とストーリーを創り上げ、買ったばかりの手袋のまま必死でそこを掘り始めました。
枯れ草の下から、ちぎれた青々とした雑草や、柔らかくなった土が出てくる度に「やっぱり、誰かが掘ってる――」と泣きそうになりながら。
自分たちが昨夜、散々踏み散らかしたことも忘れて、黄色い手袋をまっくろにしながら…。
 ルドの亡き骸も見つけられずに憔悴して戻って行きながら、隣のアパートとの境のブロック塀の脇をのぞいてみました。
「ルドはいつもここを通って来たっけ」と。
そしたら、いつものようにあのおどけた黒白の顔と胸をのぞかせて、「ニャー」とルドが鳴いたのです。
何事もなかったように…。
 エサを台所の中に置き、おびき寄せて、ゲージの中に閉じ込め、捕獲成功。
体を確認しましたが、ケガ一つしていませんでした。
興奮して撮った、ブレた写真をみんなにメールで送りました。

 その後、ケンカしてケガをしてきたエイズキャリアの父親のクロと、発情が来てしまった妹のトラ子も捕獲して、3匹がリビングにいます。
母親のマルだけ捕まえることができず、外の小屋で暮らしています。
トラ子もルドももうすぐ手術の予定です。

 あの日、野良猫ルドを救出するために集まった人間は16人。
「寒いだろう」「怖いだろう」「助けたい」―――その思いやりが活動の原点であり、仲間をつないでいきます。
今年、NPO法人アニマルクラブ石巻は、パネル展、オリジナルグッツの開発・販売、猫の不妊手術センター開設…と、できる限りの試みを展開していきます。
社会に必要な活動を続けるため、資金とマンパワーを調達するために。
(詳しくは、インフォメーションをご参照ください)どうか、ご協力、ご参加、応援お願いします。

2008年1月 阿部 智子